犬の便にはどんな細菌がいるかご存知ですか?
大腸菌? サルモネラ菌? それとも?
ここでは、腸内細菌の解析データから見えてきた、最新の実情をお届けします。
犬1頭の便から300種類以上が検出される
腸内細菌というと、善玉菌、悪玉菌、日和見菌、と3種類くらいしか思い浮かばない人が大半ではないでしょうか? ところが、善玉菌や悪玉菌というのは誰が勝手につけた「愛称」のようなもので、名前ですらありません。
微生物の遺伝子解析技術を使用して、犬の便を解析したところ、1頭あたり、だいたい300~350種類くらいの細菌が検出されます。 とは言え、100%完璧に解析し切れるわけではないので(※)、実際にはこの倍くらいは存在していると考えることができます。
この時点で、善玉、悪玉、日和見と3等分されていた世界が揺らぐのがわかるかと思います。
※細菌種によっては科や属までしか特定できない事が多いものも多数存在します。解析技術のさらなる向上によって、検出される細菌種はさらに増加していくはずです。尚、ウイルスや真菌類は除外しているため、それらも加えるとさらに膨大な量の微生物群が浮かび上がってきます。
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犬の腸内細菌にはどんな細菌がいる?
シュードモナドータ門(プロテオバクテリア門)
このグループは、かつて「プロテオバクテリア門」と呼ばれていましたが、現在は「シュードモナドータ門」というのが正式な名称です。多くの病原性細菌を含むグループですが、自然界においては普遍的に広く存在し、さまざまな分解と循環に貢献しています。大腸菌もこのグループに分類されます。
大腸菌やサルモネラ菌は常在菌
悪名高い「大腸菌」や「サルモネラ菌」は、犬の腸内の常在菌です。健康個体であっても町内全体の0.1%ほどの割合でほぼ例外なく検出されます。そしてそれは正常な状況といえます。
健康なヒトにおいても、大腸菌は必ず検出され、「サルモネラ菌」も比較的高い確率で微量に検出されます。
「大腸菌」や「サルモネラ菌」が悪名高いのは、O-157(大腸菌)や腸チフス(サルモネラ菌)といった病原性株が有名という背景があります。
肺炎桿菌やプロテウス菌
「大腸菌」や「サルモネラ菌」と同じ「エンテロバクター科」の細菌として、「肺炎桿菌(クレブシエラ菌)」や「プロテウス菌」がしばしば見られます。
肺炎桿菌は文字通り肺炎の原因にもなりますが、体調のすぐれない個体の腸内で検出が増加する傾向があります。
一方の「プロテウス属」はIBD(炎症性腸疾患)の原因菌としても知られ、普段の検出数値は低いものの、アレルギー疾患や消化器トラブルの個体で増加する傾向があります。
逆にいうと、これらの増加は宿主弱体化の指標という側面があります。
腐敗菌シュードモナス属
お肉などが腐敗するとき、その主役を占めているのが「シュードモナス属」と呼ばれる腐敗菌グループです。お肉に限らず、土壌や落葉、木から落ちた果実や昆虫の死骸など、有機物全般の遺物からことごとく検出される分解者です。
食中毒の原因菌でもあり、腐ったお肉でお腹が痛くなるなどの事故にも関与しています。
この細菌が常時多く検出される個体で、血便や嘔吐の事例がしばしば見られます。ただし、それは「シュードモナス属」が問題というよりも、「常時多く保有している」という異変の背景こそがトラブルの本質といえます。
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バシロータ門 (ファーミキューテス門)
このグループは、かつては「ファーミキューテス門」と呼ばれていました。犬や猫、ヒトの腸内細菌において主要な位置を占めます。乳酸菌などもここに分類されます。
レンサ球菌(ストレプトコッカス属)
「レンサ球菌」にはごく一部の乳酸菌が含まれますが、大半は感染症の原因となる細菌群です。ただし全身に広く存在する普遍的な常在菌でもあります。例えば、口腔や鼻腔、喉などは「レンサ球菌」や、近縁の「ブドウ球菌」らが主要な常在菌として存在しています。これらは外敵の侵入防除の役割があります。
腸内においては、その存在比率は小さな者ですが、疾患のある個体では増加する傾向があります。また、アレルギー疾患や一部のIBD個体では、腸内の「レンサ球菌」が過剰に増加している事例があります。
関連記事: 軟便,炎症,涙やけにも関与?犬と猫のレンサ球菌
乳酸菌群
「乳酸菌」というのは乳酸を生み出す細菌たちの総称であり、実際には400種類以上が存在します。腸内の乳酸菌は全て「バシロータ門」に分類されています。
犬の腸内で主要な位置を占めるのは「ラクトバチルス科」の細菌である事が多く、炎症抑制や正常な免疫の維持に貢献します。
基本的には腸内においては微量の存在ですが、不具合のある個体では枯渇している事例がしばしば見られます。
一方で、「乳酸菌」であってもまれに感染症の原因にもなる他、一部の重篤な自己免疫疾患に関与する事例もあります。
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酪酸産生菌
一般的には酪酸菌(らくさんきん)と呼ばれますが、これらも総称で、酪酸を生み出す細菌たち全般を指します。腸内細菌としては40~50種類くらいが知られています(今後ますます増えていくはずです)。
酪酸産生菌は腸内の炎症抑制や機能の維持に重要な役割を果たしており、やはり不具合のある個体の腸内で枯渇しがちな傾向があります。一方で、バランスの悪化や腸炎、中にはIBDに関与する細菌たちも含まれており、無条件で酪酸産生菌をもてはやすのはミスリードです。
世にある酪酸菌サプリはC. ブチリカム という種ですが、これは腸内の酪酸産生菌の中では主要な存在ではなく、あくまで補助と考えるのが妥当かもしれません。
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ボツリヌス菌やウェルシュ菌など
有名な「ボツリヌス菌」や「ウェルシュ菌」は、「クロストリジウム属」というグループであり、毒素を出す有害な存在です。とは言え、犬の腸内からは普通に検出されるものであり、微量であれば常在菌として見過ごしてよい存在と言えます。
特に「ウェルシュ菌」などは、自然界に広く存在し、ほぼすべての犬の腸内から検出されます。ただし、不具合のある個体では過剰に検出される傾向があります。
尚、偽膜性腸炎の原因菌である「C. ディフィシル」は「ウェルシュ菌」らと比較的近縁の種です。(※かつてはクロストリジウム属に分類されていました)
関連記事:ボツリヌス菌と芽胞菌
アクチノマイセトータ門(アクチノバクテリア門)
日本語では放線菌と呼ばれるグループで、通常は土壌から検出されます。「ビフィズス菌」や一部の「エクオール産生菌」らが分類されますが、「結核菌」や「らい菌」、その他多くの病原性細菌もこのグループに含まれています。
コリンセラ属
主要な常在菌の1つであり、このグループの一部は有害な二次胆汁酸を分解して無害化する働きをします。一方で、増加によって炎症を促進し、リウマチや認知トラブルに関与する他、IBDの一因にもなります。ここに腸内細菌という生態系の複雑さが垣間見えます。
ビフィズス菌
誰もが知るビフィズス菌は「ビフィドバクテリウム属」の総称で、犬の腸内からも検出されます。ただし、「ビフィズス菌」は犬にとってはそこまで重要な存在ではなく、むしろバランスの崩れた個体の腸内で不自然に増加している事例が多く見られます。
基本的にはマイナスではないと考えられますが、サプリなどで摂取する場合、優先順位は低いと考えられます。(ビフィズス菌が増加しても腸内環境の改善に貢献していない例が多々あります)
関連記事:真相, 犬のビフィズス菌について
エクオール産生菌
美容方面でしばしば名前の登場する「エクオール産生菌」も、やはり総称です。この代表的な存在として2008年に発見された「アドレクルーツィア属」という細菌グループがあります。基本的には腸内で微量な存在ですが、宿主の健康にとって有益とされています。犬の腸内からも時々検出されます。
バクテロイドータ門 (バクテロイデス門)
「バシロータ門」同様に、腸内の主要な位置を占める存在です。 炎症抑制や長寿に関連する細菌が含まれる一方で、疾患や尿毒素産生に関与する細菌、またいくつかの主要な歯周病菌らもここに分類されます。
バクテロイデス属
腸内の主要な常在菌グループであり、炎症抑制の働きがある一方で、一部は尿毒素を産生するほか、いくつかの疾患に関与すると考えられています。さまざまな抗生物質に対して耐性を持ちやすい一方で、メトロニダゾール(フラジール)など一部の薬剤で壊滅しやすい傾向があります。
このグループの過剰な増加はマイナスの要因が大きい一方で、逆に壊滅させるとさらに大きな問題に発展します。
フォカエイコラ属
かつては「バクテロイデス属」に分類されていました。痩身に関連するとの文献が複数存在する一方で、過剰な増加によって複数の内臓トラブルに関与します。
個体によってはIBDやアルブミンの低下、分離不安、皮膚トラブルなどにも関与している事例が多く見られます。
ポルフィロモナス属
重要な歯周病菌として知られる「ジンジバリス菌」はこのグループに分類されます。犬の腸内からは通常は検出されるものではありませんが、口腔トラブルが進んだ個体の場合、腸内からも検出される傾向があります。
- 関連記事:犬にも関係?歯周病菌とIBD
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プレボテラ属
人間においては食物繊維の分解などの文脈で語られることの多いグループですが、複数の歯周病菌もこのグループに分類されます。特に犬においては「P. インターメディア」や「P. オリス」など歯周病関連のものが多く検出されます。ただし、口腔トラブルのみならず、腸内トラブル(おそらくは腸粘膜の異常)によっても増加の傾向があります。
フソバクテリオータ門 (フソバクテリウム門)
このグループも犬の腸内の常在グループの1つですが、比率は高くありません。一部で有益な細菌という誤認が広がっていますが、基本的には病原性が高い存在です。ただし壊滅させるべき存在ではなく、腸内に数%くらいいるというのが本来の犬の腸内環境だと考えられます。
フソバクテリウム属
犬の腸内で検出される「フソバクテリオータ門」の大半はこのグループです。常在菌として検出されるのは、ほぼ「F. モルティフェルム」という細菌ですが、過剰な増加によって消化器/皮膚/行動面における不具合に直結します。
一方で重要な歯周病菌である「F. ヌクレアタム」もこのグループであり、口腔トラブルのある犬の腸内からしばしば検出されます。大腸がんに関与する他、アルツハイマーにも関与の疑いがある悪名高い存在。
このグループには、他にもIBDの原因となる「F. バリウム」という細菌が分類されます。これらは同時に増える事が多く、近縁種で徒党を組んでいる傾向が強く見られます。
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レプトトリキア属
マイナーな存在ですが、不具合のある個体でしばしば検出されます。このグループ単体が問題というよりも、「フソバクテリオータ門」全体が増加するのに合わせて、このグループも増加しています。
犬の腸内細菌 まとめ
いかがでしたでしょうか? 上記以外にも、門レベルで30グループくらいは存在し、それぞれがごく微量に検出されますが、ここでは割愛します。
それらはすべて小さなパーツとして腸内の生態系を構成しています。一見どうでもよいものが、回り回って全体に影響する可能性もあります。
腸内細菌を善玉、悪玉と簡略化して捉えていると、おそらくは道を誤ります。豊かな山林や、自然の河川と同じ、1つの巨大な生態系として捉える事で、初めて本質に近づく事ができます。