感染者数が急増し、メディアでも報道されている「人食いバクテリア」。恐ろしそうな名前ですが、一体どんな病原体なのでしょうか?
実は身近な常在菌!?
ストレプトコッカス属の仲間たち
「人食いバクテリア」は、主には「化膿レンサ球菌」を指します。(ストレプトコッカス ピオゲネス:Streptococcus pyogenes)
「レンサ球菌」というのは、ストレプトコッカスというグループの総称で、ヨーグルトの製造に使用される乳酸菌のサーモフィルス菌と同じ属に分類されます。
自然界に普遍的に存在し、そして私たちやペットの体内にも複数種が一定量存在する身近な常在菌の一つです。
この時点で、想像と実態が大きく異なるのが分かるかと思います。
感染症の原因
「レンサ球菌」は身近な存在と書きましたが、一部は有益なものの、基本的にはネガティブな要因が多い存在でもあります。
例えば、「肺炎球菌」として知られる「S.ニューモニエ」や虫歯菌として知られる「S.ミュータンス」などは有名なところです。
一方で、通常これらで大量に人が死ぬ事はありません。なぜ「化膿レンサ球菌」だけが問題になるのでしょうか?
致死率が高い?
「化膿レンサ球菌」らが人食いバクテリアとして恐れられる理由の一つとして、致死率の高さが挙げられます(※劇症型溶血性レンサ球菌感染症の場合)。
ただしこれは、「発症した場合の致死率」です。決して「触れただけで食われて死ぬ」というものではありません。
「化膿レンサ球菌」は普遍的に存在している細菌であり、健常者や健康個体から微量に検出される事例もしばしばみられます。「どういう人が発症に至ったのか?」こそが最も重要な項目であることが分かります。
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発症はあくまで結果
感染ってなんだろう?
感染とは、病原体が宿主に侵入し、定着、増殖することを指します。
病原体の感染力が、宿主の抵抗力を上回った時に、感染は成立します。つまり、病原体が体内を通過していくだけでは感染にはなりません。
事実、健康個体の腸内細菌からは、健康であるにも関わらず、微量ながらも様々な病原体が数多く検出されます。そしてこれは正常な状況です。
細菌もウイルスも、そして原虫(国内で根絶されたはずの某原虫も含む)ですら、当たり前のように検出があります。宿主に異常がない限り、これらはただの通行者であり、共生者でもあります。
感染から発症へ
感染したとしても、全てが発症したり、重症化するわけではありません。この現実は、新型コロナウイルスで原体験として多くの人が実感しているのではないでしょうか?
本質は、なぜその個体だけが発症し、なぜその個体だけが重症化するのか? という点につきます。
マスメディアは、例えそれが報道機関であっても人気商売の側面は否めません。どうしても目を惹く表現が使われがちですが、そこに惑わされず冷静に実態を見つめる目は必要でしょう。
余談:致死率の高い細菌の例
レンサ球菌とは分類が大きく異なりますが、同じバシロータ門(旧称ファーミキューテス門)に「P.ソルデリー(P.sordellii)」という細菌が存在します。
文献を引用すると
生殖年齢の女性はP.sordellii感染(PSI)のリスクが高いが、この細菌は、出産、死産、または中絶後に子宮内感染を引き起こす可能性があるからである。このような状況下でPSIが誘発するTSS(中毒性ショック症候群)はほぼ100%致死的であり、有効な治療法は存在しない。
ヴァンダービルト大学メディカルセンター Sarah C. Bernardら
とあります。
これだけ見ると「P.ソルデリー」はとんでもない細菌です。
ところが、この細菌は体調の悪い犬や猫、そして人の腸内でも時々増加が見られます。そして特に死ぬわけでもありません。
この細菌が分類される「ペプトストレプトコッカス科」は、確かに素性の良くない細菌が分類されるグループではありますが、実際に致死率が高まるのは宿主が極限まで弱っている場合に限られるという点は重要です。
多くの場合、細菌たちは普遍的な存在で、私たちの知らないところで接触し、すれ違い、そして通過していっています。
感染しない防衛力、感染したとしても発症させない抑止力、これらが最重要項目なのは間違いありません。