愛猫に原因不明の下痢や嘔吐が続き、動物病院でIBDと診断されてしまった、そういう事例が増えているようです。
ここでは、IBDとは何か? 原因は? そしてステロイドが効かなくなるの? といった内容について記述します。
※複数の文献および、Forema での腸内細菌解析の多数の実例をもとに記述しています。
IBDとは何か?
一般論としての症状
IBDはInflammatory bowel diseaseの略で、日本語では炎症性腸疾患と呼ばれています。
人間の場合は主には「クローン病」と「潰瘍性大腸炎」のことを指し、原因不明かつ難治性の消化器トラブルによって社会生活に大きな支障をきたします。
一方で猫の場合、IBDの厳密な定義は定まっておらず、原因が特定できない消化器トラブル全般を指してIBDもしくはIBD疑いと診断されるケースが多いようです。
(※人間の場合においても厳密な診断基準は曖昧と話す専門医もいます)
IBDの原因
IBDは原因不明とされています。遺伝要因、環境要因、食事やストレスなどが複合的に絡み合って発症に至ると考えられています。(ただしこれは疾患全般において共通)
一方で、遺伝子解析技術の飛躍的な進歩により、腸内細菌(マイクロバイオーム)がIBDにかなり深く関与する事が分かってきています。全てとは言わないまでも、原因や悪化における多くの部分に腸内細菌群の働きが影響しています。
この領域は過去10年で急速に発展し、かつ現在も新たな論文が日々発表されています。一方で、それが治療現場に降りてくるまでに大きな時差が存在しているのが実情です。
IBDと腸内細菌
腸内のディスバイオシス
IBDと診断された猫の腸内細菌を解析すると、ほぼ例外なく腸内細菌バランスが大きく崩れています。こうしたバランス崩壊は「ディスバイオシス(※)」と呼ばれ、IBD以外にも重篤な疾患の個体で共通して見られます。(※日本語では腸内毒素症と訳される事が多いです)
ディスバイオシスとIBDの関係
すごく大雑把に表現するならば、ディスバイオシスはIBDの主要な原因の1つです。よってディスバイオシスの改善はIBDの治癒に直結すると言えます。
問題は、ディスバイオシスにはたくさんのパターンが存在するという点です。
言い換えれば、IBDもたくさんのパターンが存在するという解釈が可能です。症状が全く同じに見えたとしても、腸内細菌レベルで見れば別々の災害ということです。
この問題をクリアにするには、現時点では腸内細菌解析を実施するのが最善の方法と言えます。
ディスバイオシスの原因
ディスバイオシスが起きてしまう大きな要因は、食事や環境、そして抗生物質の過剰使用です。その上で、母親がディスバイオシスだと、それが子にそのまま移行してしまう事がマウスの研究などから複数報告されています。これは遺伝的要因とは別の事象ではありますが、とは言え実質的に先天的な不具合と表現できそうです。
犬や猫においては「無理な繁殖」がディスバイオシスを量産している事を示唆するデータが多数あり、現実としてトイプードルやフレンチブルドッグといった人気犬種ほど幼少期から腸内環境がひどいという実情があります。猫の場合はノルウェージャン フォレストキャットで類似の傾向があります。
また、繁殖引退犬の腸内細菌データはディスバイオシスである事例が多く、そういう個体が生んできた子たちは早期に適切なケアをしない限り、ディスバイオシスのまま成長していったはずです。早い段階で不具合が表面化している可能性があります。
IBDとステロイド
ステロイド治療とは?
IBDの対策の1つとしてステロイドが使用される場合が少なくありません。ステロイドは炎症を抑制し、一時的には症状が消えるなど大きなメリットがあります。
一方で副作用があるため、長期的な使用は最善ではないという問題があります。
そして、そもそも根本の治療ではないため、症状が見えなくなっている間にも不具合は進行していく可能性があります。
そしてある日、ステロイドが効かない瞬間がやってきます。
ステロイドが効かない時、何が起きているのか?
IBDでステロイドが効かなくなった個体の腸内細菌を解析すると、例外なく上述のディスバイオシスが見られます。厳しい表現をすれば「末期のディスバイオシス」である事が大半です。
具体的には、単一の細菌種が極端に増加しているとか、重要な常在菌群が複数種枯渇しているとか、もはや復元が困難なところまでバランスが崩れている状態です。
ステロイドで炎症を抑えたとしても、それを上回る炎症が起きてしまい、「ステロイドが効いていないように見える」というのが実態かもしれません。
そして、この段階でできることはもう多くありません。
猫のIBDで特徴的な出来事
IBDではないかもしれない
犬のIBDは、炎症を促進する細菌たちの過剰増加など、わかりやすいIBDの特徴が多く見られる一方で、猫においては(IBDと診断されていても)IBDとは異なるような異常がしばしば見られます。
例えば高脂肪食に由来する細菌が過剰であったり、逆に植物を分解する細菌が過剰であるなど。これは単にフードを変えれば解決する場合も多く、そもそもIBDでも何でもないにもか関わらず、原因がよくわからないためIBDと診断されている可能性があります。
ただしここでの問題として、代替として動物病院で出される療法食が最善でない事例も多く、特に猫でこの傾向が顕著です。
こうなってしまうと、飼い主さんとしては何を信じて良いのかと、非常に苦しい状況になってしまいます。
感染症の可能性がある
IBDと診断された猫では、しばしば感染症と思しき細菌群の増加が見られます。それはレンサ球菌のグループの場合もあれば、エルシニアやナイセリアといった、口腔に由来する病原性細菌たちの場合もあります。
これらが腸内で過剰に増加している場合、口腔にも問題が起きている事が多く、両方のケアが必要な場合もあります。
病原性細菌は抗生物質で抑制できる事もあれば、逆に投薬の反動で過剰に増加してしまう場合もあります。その意味でも、状況を正確に把握する必要があります。
この辺りは、顕微鏡による目視やリアルタイムPCRでは限界があるため、アンプリコンPCRとNGSによる遺伝子解析を併用した腸内細菌解析が重要な選択肢となります。