猫には猫の乳酸菌(腸球菌)は本当か?

猫には猫の乳酸菌(腸球菌)は本当か?

「猫には猫の乳酸菌」というキャッチコピーがあります。この論によれば、猫の主要な乳酸菌は腸球菌(エンテロコッカス属)であり、具体的にはフェカリス菌(E.フェカリス)が重要とされています。本当なのでしょうか?

「猫には腸球菌」は正確ではない

猫の主要な乳酸菌は腸球菌ではない

結論から書くと、猫の腸内から検出される主要な乳酸菌は腸球菌(エンテロコッカス属)ではありません。Forema ラボでは1,000頭以上の猫の腸内細菌データがありますが、猫が保有する主要な乳酸菌が腸球菌というパターンは極めて少数派です。

にも関わらずなぜこのような定説が一般的なのでしょうか?

東京大学の論文が根拠?

「猫が保有する主要な乳酸菌は腸球菌である」という定説の根拠を探ったところ、過去10年で学術的な文献はほとんど存在していませんでした。そんな中で東京大学の研究グループの文献が、この点に触れています。

以下、引用します。

ネコの腸内細菌叢の構成やその加齢に伴う変化(老化)の様子はヒトやイヌとは大きく異なっていることも明らかとなり、ネコにおいては腸球菌が優勢な有用菌であることが示唆されました。

引用元 https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170817-1.html

これは2017年の文献で、時期的にはかなり古いものと言えます。また、この研究の趣旨は年齢ごとの違いを調べるというものであり、猫の乳酸菌を特定する目的ではなかったように見えます。

そして表現としても「..優勢な有用菌であることが示唆されました」と控えめな表現に留められている点は重要です。(※英語の古い文献でも類似の研究報告はあり)


研究手法が最善ではなかった?

培養法という方法

上述の研究では培養法 + 定量PCR という手法が使用されています。

従来、細菌を研究するに場合おいてはシャーレで培養し、顕微鏡で観察といった方法が主流でした。一方で、腸内細菌の大半は酸素暴露で死んでしまうため、培養法では大半がブラックボックスとなっていました。

近年になって腸内細菌の詳しい解析が可能になったのは、2010年代以降から普及し始めた次世代型シーケンサー(NGS: 微生物のDNA情報まで読み取る)によるものであり、培養法と比べ得られる情報量が桁違いに増えました。結果、NGSの登場によって従来の定説が根底から揺らいできた経緯があります。

こうした流れの中において、あえて旧来の培養法を使用した腸内細菌の探求というのは、最善の選択ではなかったと考えることができます(2017年はNGS普及の比較的初期であり、研究機器や予算の制約があったのだと推察されます)。

参考資料として、従来の培養法について言及した論文の一部を引用します。

微生物研究の初期段階では、伝統的な培養技術が腸内細菌叢の特徴を明らかにする最も一般的な方法であった。 多くの先駆的な研究者が培養に基づく方法を用いてこの分野を探求し、猫の腸内および糞便サンプルの細菌組成を観察した。 最も多く見つかった培養可能なグループは、バクテロイデス、クロストリジウム、腸球菌、連鎖球菌、フソバクテリア、真正細菌であった(Osbaldiston and Stowe, 1971; Terada et al., 1993; Sparkes et al.)

引用元:https://www.frontiersin.org/journals/microbiology/

定量PCRという手法

現在の腸内細菌解析においては、定量PCRではなく、アンプリコンPCRという手法が取られます。詳細は省きますが、未知の探索を行う腸内細菌解析において、定量PCRでは極めて限られた情報しか得られず、最善の選択肢ではありません。

猫に腸球菌が定着した背景

企業との共同研究

当研究においては、当時大手のペットフードメーカーが研究費用を提供しており、研究の方向性もメーカーの意向に沿ったものであったと考えられます。結果として、「猫にはフェカリス菌」といった文言でフードが販売されており、それは8年経過した現在でも続いています。

ただし、メーカーがお金を出して大学に研究を依頼することは一般的なことであり、その結果をもとに製品開発~広告宣伝に活用するのは真っ当な経済活動の一環です。

問題があるとすれば、たった1つの小規模な研究が定説として定着し、特に獣医師などの有識者が繰り返し発信している点にあると言えます。

なぜ獣医師は疑わないのか?

該当の東京大学の研究結果については、獣医師のブログインタビュー記事、動物病院のウェブサイトなどで複数言及され、研究内容が引用されています。なぜこのような事が起こるのでしょうか?

おそらくは研究のプレスリリースが日本語で出された事、そして東京大学であること、が挙げられそうです。

学術論文は英語で発表されるため、臨床に忙殺される獣医さんたちが最新のものをキャッチし続けるのは困難と考えられます。そんな中で権威ある東京大学が日本語で分かりやすい研究報告のプレスリリースを出していると、多忙な有識者にも浸透しやすいという実情があるのではないでしょうか。

とは言え、文献が出されたのは2017年です。以後、腸内細菌関連においては非常に多くの文献が登場している中、いまだ1つの定説がアップデートされず流布され続けるのは良い事ではありません。

派手な広告によるミスリード

最後に、サプリを中心とした派手な広告が、繰り返しミスリードを行っている点は重要です。根拠が薄弱であったり、内容に矛盾が多くとも、キャッチコピーが繰り返されると、何となくそのように認識してしまうのが人間というものです。派手な広告、何度も繰り返して刷り込む構造の広告ほど、要注意と認識する必要があるでしょう、

猫の腸球菌/フェカリス菌 まとめ

猫には猫の乳酸菌、猫にはフェカリス菌(腸球菌)は正確ではありません。ほぼ1つの古い文献に基づいた誤認です。 

時代と共に技術は進み、過去の定説は常時アップデートされています。

「10年ひと昔」という言葉はすでに過去のものであり、「1年ひと昔」、ジャンルによっては「半年前でもひと昔」というのが現実です。

情報のアップデートが健康長寿に直結する時代と言えるのかもしれませんね。

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